■4、人権運動を国家の支配下に置く多文化共生論

「次に、人権運動を国家の支配下に置くことを本質とした理念が『多文化共生』であると考えますが、その前に『多文化共生』とは一体何なのかを考えたいと思います。『多文化共生』は元々経済界が80年代から外国人労働者の移入に関して管理、定着させるために導入した理念です。民闘連も82年に導入しました。全国集会のテーマで初めて『共生、共闘、共感』という言葉を使いました。在日コリアン人権運動の世界で始めて『多文化共生』という言葉を使ったのはこれが始めてのことです。
 そもそもは"南北両国家への従属"を否定するアンチテーゼとして我々は使ったつもりだったのです。しかし、結果として経済界や国や自治体などがこれを積極的に導入しまして、多文化共生論は『対立から調和へ』が代表的スローガンとなって、これを労働運動や社会運動までが抵抗なく受け入れたため、日本の社会運動総体が停滞する結果となりました。当会会長が言うには、『私は多文化共生という言葉を使いたくない。』きっかけは何かというと『九州電力の本社前に"原発との共生"という垂れ幕が張ってあった。冗談じゃない。』ということです。これは笑い話ではなく、実はそういうスタンスで利用されているということです。本来の多文化共生はそういった意味では無かったはずなんですが、もはや『多文化共生』という言葉は完全に権力側に絡めとられているのだということを鑑みると、私はむしろ今後『多文化共生』という言葉は使うべきではないだろうと考えております。
 もう一つの課題として、参政権運動に対してぶつけられた日本国籍取得特例法案。これによって運動が停滞したと先ほど申し上げました。しかし、本来そこで問われたのは『日本国籍をどうするのか?』ということなのです。80年代から水面下では議論されてきたことなのですが、長い間在日の社会でこの問題はタブー視されてきました。
 まず考えなければならないのは、在日コリアンの歴史は南北両国家と日本国家による翻弄の歴史、両方の国家から翻弄されてきたということ。どちらの国にあっても我々は主権者足り得なかった。それでもなお、在日コリアンは、あくまでも祖国が我々を解放してくれると信じてきた。『祖国という亡霊』による観念的支配が、在日コリアンを運動体を含めて支配してきたと考えています。
 二番目に『日本国籍を取る』ということは、日本国家に忠誠を誓うこととよく言いますが、そもそも日本国家に忠誠を誓うというのは国籍法にはございませんし、帰化の条件にもそういったことはありません。そこは、なんとなく『日本国籍を取るということ=国家へ忠誠を誓うこと』なのだという風に考えている在日コリアンの我々の中の国家主義があります。国籍を取れば国家に無条件に忠誠を尽くすべきであるということをいつの間にか信じてしまっているという現実があります。たしかに憲法・法律を遵守することは条件として存在しますが、しかし、憲法や法律は普遍のものではございませんし、これを改変するのも我々の当然の権利であります。それは日本国憲法であれ、日本の法律であれ、日本国籍者であろうとも、常に不断の闘いを通じてよりましな法律に変えていくということは、当たり前のことです。従って日本国家に忠誠を誓わなければならないからといって、国籍を取得しないという理由にはなりません。」

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