■市民の自決権をより良く行使した体制作りを

吉田 「もう一つ私がいつも思っていることは自決権という問題でございます。人はなんびとも人民はなんびとも自分の将来を自分で決定することができる。それは単に植民地の人民が、植民地が独立するための命題ではなくて、我々の国の中でも少数派集団が自決することができる。沖縄共和国が出来ても結構。在日の小さなコミュニティが在日議会というのを作って勝手に法律もどきを作るのも結構。そういう風に理解するべきだと僕は思います。
 だとすれば、議会というのは市民の自決権の虐げによって作られた道具にしか過ぎないわけです。そこに雇用されている役人は市民の被雇用者に過ぎない。その役人が『支援』だとか『協同』だとか言うのは何事かと思います。私たちの税金で飯を食っている連中が市民に対して『支援する』とか『協同する』とか、勘違いも程々にして欲しいものです。明治時代なら支援や指導は構わないですが、どこに行っても『子育て支援』だとか『何とか協同』だとかですね、以ての外だと思います。僕はそのように思っている次第でございます。
 ですから、原則的には市民の中間団体について市役所は後援したりする権利は無いはずです。モンゴル人の『音楽の夕べ』に対して、モンゴル音楽の何も知らない連中が教育委員会後援なんて偉そうなこと言うなと思いますね。そんな選択的介入は許さないと僕はいつも考えてるわけでございます。ですから市役所が選択的に運動団体に支援するとか、市役所の役人にもかかわらず『何とか主事』だとか『公民館主事』だとか『司法書士』だとか、滑って転んでも行政外郭団体になって割り込んでくるというのを撥ねつけるなど、そういう体制をぜひ作っていただきたいです。」

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