■組織は適正規模に、活動はマルチに

吉田 「僕は自分の勉強してきた分野からいくと、台湾人と日本人のどこが違うかといいますと、台湾には中小企業しかないですから、誰に会っても名刺を交換するということが無いですね。その人がどこに帰属しているかというよりも、何をやっているのかということで評価する。だからですね、非常に仕事しやすい社会ですね。
 それからですね、台湾人が凄く面白いのは、一口より二□、二口より三口というように兼職をごく自然にやっている。昼間ではおまわりでも、夜はナイトクラブのガードマンをやって、さらに夜遅くなると自分の姉ちゃんのやっている店に行ってバーテンをやる。それでお金を貯めて店を作るという。そういう社会でずっと社会運動に参加して戒厳令の中で闘ってきたことを鑑みますとですね、台湾人はプロジェクトをたくさん持っていて、一人でたくさんの事をやるけれど、デッカイ組織を作ろうと考えない。これはとっても良いことだと。それで日本人は大きなものばっかり作ってしまおうとする。これはどうも病気じゃないかと思うぐらい。
 どうぞ人権協会も適正規模というものかあるので、やっぱり顔が見える範囲内でこのぐらい(この理論研究会)ぐらいだと名前も覚えられますが、この倍になると、とってもではないけれどもう無理なので、適正規模でやっていただきたいというのが僕の切なる思いでございます。それ以上大きくなるとロクな事がないと。それよりもそういう適正規模のものが無数にあるということが良い社会の証拠ではないかと。僕はそのように思っております。
 そういう意味では、アメリカのデモクラシーを19世紀はじめに書いたフランスのトクヴィルが言っていることは『アメリカの社会に行ってみると、至る所に、今日はこの道を造るために何をする、教会を建て直すために何をする、競馬場を作るために何をする、という人々が集まってワイワイガヤガヤプロジェクトを持っている社会だ』と。それが終われば解散する。これが良い社会だ。というのは、そういうプロジェクトを持って人々が語り合い集まり、集いの意識の中で仲間を作り、終われば解散すると。解放運動も同じでして、もう事業か無くなったら、もう終わったわけですから解散する。何か何でも飯を食うために無理やり事業を作っていくというのは本末転倒している。僕はそう思うのでございます。
 市民の活動は物凄く多様です。僕がガンになって感じたんですが、街の中にこんなに音楽療法をやっている人、箱庭療法をやっている人、心理療法をやっている人、食事療法をやっている人、代替療法をやっている人、こんなにたくさんの方が生きるために助け合っているのを見て、僕は本当に感動しているんです。だからですね、公民館の主事だとか、社会教育主事だとか、もう偉そうなですね、市役所はもう教えるのはいい加減にして欲しいと。我々は十分出来る市民のイニシアティブが街の中に溢れかえっているんだと。その人たちと語り合う方が、よっぽど手っ取り早いと。だから僕はそう思っております。
 僕は徐正禹さんの文化住宅でやっていることに共鳴しているので、大きな建物を建ててやっていこうとする野心を持ったらですね、どうぞぶっ壊していただきたいと思うのです。(笑)失礼しました。」
「最後に出てきました文化住宅でやっているという点ですけども、そもそも徐正禹のやってきた運動もそうですし、川崎で私もやってきましたけれども、当時の運動といえば本当に、最初はオンボロのところから出発したんです。川崎で最初、保育園の主事とかやってきましたが学童保育を始めたときは、教会と保育園がある場所なのですが、教会の礼拝堂を日曜日以外は椅子を全部取っ払って、そこでワイワイ子どもが遊んでいたんです。だから最初は信徒さんたちがカンカンだったんですね。それがいつの間にか定着していきましたけれども、そんな金が無い中でやってきました。私が八尾のトッカビ子ども会でショックを受け感動したのは、本当にプレハブ。簡単なブレハブで『ここはなんちゅうところだ』というようなオンボロでした。そんな中で子どもたちは本当に生き生きとしていました。そのような金の無い中でどんどん積み上げていったんですね。その中で徐正禹が先ほど言いましたとおり、だけども事業がどんどん発展していくと、そこである程度収入も入ってくると。そうすると事業と運動というのが切り離されていく。それを上手に上手い具合に融合してやっていくということが非常に困難になってきたんですね。
 そんな話の中で柏木先生も事業と運動の分離をきちんとしながら、その二つは決して対立するものではないのだというようなお話もありましたけれども、先生も共生ということで、私も実は指紋押捺拒否をして、共に生きるというテーマでその本を書いて売ったら一杯売れました(笑)。そういう意味で『共生』という言葉、共に生きていくという言葉を使うのは決して嫌ではないんです。はっきり言って反応は良いですから。だけども、その前に在日が自立しているのかな?と考えた時に、その原点を思いながら考える時に、色んな事を思い出してきたんですけども、柏木先生も事業と運動の分離の中で『共生』というのをどのように考えていくのか、もう少し詳しく述べていただければと思います。」

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