■属性ごと課題ごとの運動と統一性

柏木 「『共生』といった場合、色んなものが違いがあるから一緒にやりましょう、理解しましょうという話なんですけども、ただそれはそれであり、これはこれであり、それぞれがはっきりとしたアイデンティティを持っていないと始まらないですよね。アイデンティティを確立した上で、それじゃあどう違いがあって、どう共通項があって、どう一緒にやれて、どう一緒にやれないのか。といったことが確認されないといけないはずなんですけども、とりあえず皆テーブルの上に乗っかっちゃって『みんな一つに仲良くやりましょうよ』みたいな話になると。それはやっぱり問題だと思うんですよね。
 ただそれは一つの、例えば我々はクラスと呼ぶのですけども、属性を持っている人たち、在日なら在日の人たちとか、被差別部落の人とか、女性とか、色んな属性を持った人たちがいて、そういう人たち固有の問題というのも当然あるわけですから、それはそれとしてきちんとやっていくと。それが無い限り、『共生』とか言ったって始まらないわけですね。そもそも個人の、そのアイデンティティとか、クラスとしての独特に持っているアイデンティティがなくて、それを他の人たちと一緒にやるというのは、自分たち自身が無くなっていく中で、あってはならないのではないかと思うわけですね。
 ではそれをどのようにやっていくのかというと、基本的には運動にしろ事業にしろ、いずれにしろ、やはりまずは特定の人たちの、クラスに対する、在日なら在日の人たちとか部落なら部落の人たちとか女性なら女性の人たちとか、そういう中で多様な課題に対して取り組んでいくことが必要だと思うのです。もう一つは、日本であまり見られないのは、そういう人たちの間での共通した課題であるところの教育であるとか、住宅であるとか、色んな部分での生活上のあるいは社会・経済活動などを行う上で関わってくる共通項の課題の中で、そこに対してどう対応していくのかという活動というのが非常に少ないんじゃないでしょうか。
 先ほどちょっと触れましたけれども、徐さんにアメリカに来ていただいたときに、一つは先ほど申し上げたCRA(地域再投資法)という、銀行に対して公正な融資を求める運動を紹介させていただきましたけれども、その時、要するに銀行が融資をする上で不平等なのは、何もマイノリティだけではない。何も障害者だけではない。何も女性だけでもない。低所得者だけでもない。それら全般に対して公正な対応をしていないと。ただ融資全般を公正にしていくような枠組みを、その問題に関心を持っている色々な障害者団体とか女性団体とかマイノリティ団体だとかが連携して関わっていく必要があるわけです。ただその時にはそれぞれの立場での問題というのもありますから、そこを踏み込みながらやっていかざるをえないということがあると思うのですね。ですからそうした、まずそれぞれの属性を持ったクラスの人たちの運動を作っていくと同時に、それを横につなげるような、課題毎、イシュー毎の運動を作っていくというようなことが大変重要だと思っております。」

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