質疑に対する基調報告者の回答および感想
■血を流してでも闘いで変える

「最後に『在日朝鮮系日本人』としてアイデンティティはどうするのか、という考え方。それから憲法は天皇制を擁護している。これは既に議論されたと思うのですけれども、2つ問題あるのかなと。1つは国籍、民族の違う日本人が、集団で、日本社会の中で、色んな所で色んな事をしている、という事を人和民族は今まで歴史ト、おそらく経験したことが無い。だから想像力がなくて、できないという。僕なんかは簡単に言えば『日本国籍はあってもアイデンティティは変わりはありませんよ』という。僕の父ちゃん、母ちゃんの事は忘れませんし…きちんと親の苦労した姿を忘れませんし、まあ朝鮮で生まれた、嫌なこと良かったことなども忘れませんし、子供にも伝えるつもりですし。まあ、紙の上の表現が変わるだけということです。実は感覚としてはその程度です。キムチが好きだという感覚も恐らく変わらないでしょうし、そんなもんなのです、国籍って。今改めて考えると。所詮、国籍なんです,だからもっと軽く考えて良いんです。
 だから、日本国憲法に天皇制がある。韓国の憲法が全部じゃあすべて容認できるかと言えば、まあ無茶苦茶な事も書いてるし、反共的なことも書いているし。ますその前に韓国憲法を読んだことのある在日というのは100人に1人いないと思います。それが当たり前なんです。でも韓国国籍なんです。だから、憲法も国籍も、もっと軽く考えて『俺たちがおって国があり、俺たちがおって憲法があるやんけ』と。つまらん憲法もあるでしょうが、『まあ見とけ、変えたるわ』と。そういう物として考えていくべきだという、論理構成を、もっと在日の知識人はね、インテリはね、それで飯を食っているんだったら、もうちょっとそういう事を僕みたいな実践一本の男がひーはー言って、下手な文章を書くよりもよっぽど早いはずなんですか、大半の在日のインテリはタレント教授になってる。自分が売れれば良い。本が売れてテレビに出れれば良い。そのためには結局、マジョリティに擦り寄るしかないんです。これは部落問題でも学んだことですが、『部落の中で勉強して偉くなった奴はみんな部落を裏切っていく』という、みんなというのはちょっと言いすぎでしようけど、その傾向を僕は在日社会で味わうとは思わなかったです。この点については、LAZAK(在日コリアン弁護士協会)の会長である李宇海氏のメールでも『同感!』と表現していました。
 でもそんなものを期待しても仕方が無いから俺たちが地べたを這いずるように、それこそ血を流してでも良いから、闘いと実践で変えていく。そうするとまた知識人たちが『実は私も以前からそう思っていた』と言い出します(笑)、となってしまうのですが、もうこれしかないのかなという風に思っています。」

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