指導教員評価
修士論文「在日コリアン人権運動の理論構築について」

 在日コリアンの人権運動がわが国のデモクラシーの質を決定する重大問題であることは言うまでもない。ところが、どうしたことか90年代後半以降、高揚したコリアンの参政権運動がまたたく間に息をひそめ、停滞してしまった。筆者はこうしたコリアン人権運動の停滞の原因をコリアンがコントロールできない強力な権力によってコリアンの同意なく、ある種の抑制策がとられたことに原因があると主張する。筆者はその原因を二つの特定のイデオロギーに起因するという。第一は、朝鮮総連、民団を問わず、在日朝鮮・韓国人の社会運動が骨ぐるみの国家主義イデオロギーによって縛り上げられ、結果として在日コリアンの権利の擁護と地位の向上という最も大切な課題を一貫して取り上げることを回避してきたことのなかに見いだす。筆者は、その迷路からの出口を、コリア系日本人という道を選択するという運動路線を提起することによって切り開こうとしている。第二は、90年代後半以降、日本の社会運動諸分野で普及しつつある多文化共生のイデオロギーだという。筆者の主張は明快で鋭い。よりよい社会とは対立する異質なものを抱え込み、多数者と少数者が緊張関係を保ち、たえず自己訂正し、よりよいものに変化していくものだと主張している。筆者はここで、多文化共生の代わりに多元化民主主義という異質なものの独自性を、その自己決定を最大限尊重する新しいデモクラシーをつくり上げることに活路を見いだそうとしている。
 筆者は、このような視点を、コリアン人権運動の長年にわたる経験と運動のなかで繰り広げられた理論闘争を通じて深められてきた見地を結びつけることによって質の高い修士論文を作成することに成功している。論文では人権運動停滞の組織的な側面についても鋭く分析している。すなわち、長く提携関係にあった部落解放同盟がコリアン人権運動に組織的に介入し、内部かく乱し、運動の停滞をもたらしたという。そうした部落解放運動の介入の背景に、日本でおなじみの政官業の癒着の構造どころか政官業プラス社会運動の癒着の構造が形成され、それがコリアン人権運動に襲いかかったのだと分析している。このような分析に同意するかしないかはともかく、従来なんびとも分析することのなかったコリアン人権運動と部落解放運動の複雑で入り組んだ相互関係に開拓者的なメスを入れた勇気を尊重したい。
 本論文は、同氏の理論活動の中間点にすぎない。同氏が進めている単行本の刊行においては次のような点を考慮に入れて成功をおさめることを期待したい。第一に、少数派日本国民の道を選択するということを在日コリアンはどのように受け止め、その将来性はどうなのか。第二に、多元的民主主義とは少数派国民の制度政策要求としてどのように具体化されるのか。第三に、部落解放同盟大阪府連幹部との法廷闘争をも含めた厳しい対決は理解できるものの、全国の被差別部落民全体との今後の提携関係はどうなのか。第四に、氏が30年にわたるコリアン人権運動の牽引者であることを考えるとき、民闘連やコリアン人権協会などの決定事項、内部文書などを公開し、そうした一次資料に基づいたより精密な論議を展開されることを強く期待したい。本論分は、そうした大きな社会的意義をもつ著作の土台を構成する重大な価値を有するものといえる。
指導教員  吉田勝次教授
副指導教員 中澤孝夫教授
副指導教員 清原正義教授