本裁判の意味するもの

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北口裁判の意味するもの-その①-

[リベール12月号より]
 昨年12月9日、筆者は北口末広氏(近畿大学教授、部落解放同盟中央本部執行委員、同大阪府連合会書記長)に対して裁判を起こした。内容は妨害行為と名誉毀損に基づく損害賠償請求である。北口氏が筆者及び在日コリアン人権協会に対して行ってきた妨害行為については、関係者の間ではつとに知られている事実である。妨害行為は1998年から執拗に行われてきたが、これまでは、あえて反撃めいた行動は控えてきた。理由は以下の通りである。
 
  1. どのような反撃の布陣を敷こうとも、世間から見れば被差別部落民と在日コリアンの被差別者同士の醜い争いとしか映らず、双方にとっても、また人権運動全体にとってもマイナスでしかないこと。
  2. 北口氏の妨害行為が2000年から、自身のコントロール下にある在日コリアンを前面に出す方式を執りだしたため、表向きは在日コリアン同士の対立構造に仕立て上げられたこと。そのため反撃が結果として、在日コリアン同士の争いになる可能性が生まれたこと。
  3. 北口氏のコントロール下にある在日コリアンに対して具体的に反論すれば、当人達の個人的な生活問題、プライバシーに触れざるを得なくなり、そのような手法は人権運動体として執るべき選択ではないと判断したこと。
  4. 北口氏の在日コリアン人権協会に対する誹謗中傷は、主として企業、行政を対象としており、これら団体の多くは、誹謗中傷に根拠がないことを十分熟知していても、「信じざるを得ない」立場であり、また信じたことにした方が「得策」であるとの打算に基づいた判断を行うこと。従って、真実を伝えることに何らの有効性も存在しないこと。換言すれば、全てを力関係でのみ判断する人達に、時間と労力を駆使してまで真実を伝える努力を行うことは、ほとんど徒労に近い行為であること。
     
 しかし、その後の状況は私たちのささやかな期待を裏切る展開となり、そのため裁判を起こさざるを得ないこととなった。理由は以下の通りである。
 
  1. 差別事件を起こした企業、自治体等が北口氏の妨害行為を利用して、事実確認会を拒否するなど、差別に対する居直りを始めたこと。
  2. 同様に在日コリアン問題の啓発、雇用拡大を後退させ始めたこと。
  3. 在日コリアン人権協会傘下の主として事業体従事者達が、北口氏の妨害行為によって事業が著しく後退したことから、在日コリアン人権協会から離れる事が事業を守る道であると選択し始めたこと。中には、北口氏にすり寄る者まで現れ始めたこと。
  4. 北口氏に対して反撃(反論)しないことは、北口氏による誹謗中傷を認めることになるとの指摘が各方面から寄せられたこと。
  5. 北口氏が最も盛んに妨害行為を行っていた2000年当時、筆者(当時在日コリアン人権協会会長)が北口氏の事務所(部落解放同盟大阪府連合会)に約10回程度電話を入れ、面会を要請したが、一度も取り次がれることがなかったこと。2004年にも裁判の直接のテーマになった事件で、北口氏との面談を関係者と共に要請したが、「会う必要はない」と断ったこと。従って、裁判以外に意見交換を行う機会が見出せなかったこと。
  6. 北口氏による妨害行為が、明らかに他の人権団体に対する不当な干渉であるにも拘わらず、北口氏の所属する団体が沈黙を守っていること。この背景には、北口氏の個人的利害や動機以外に今日の日本の人権運動が置かれている、危機的状況が内包されており、これを明らかにする必要があると判断したこと。

北口裁判の意味するもの-その②-

[リベール2月号より]
 北口氏は、筆者および在日コリアン人権協会(以下人権協会)が、エセ行為をおこなったとして、従来から盛んに非難を繰り返してきた。その端緒が日本生命事件にあることは多くの関係者が知るところである。
 端的に言えば、日本生命が起こした差別事件を「なかったことにせよ」との北口氏の要請を、人権協会が拒否したことから、北口氏の攻撃が始まったのである。日本生命は北口氏が長年指導する関係にあった大阪同企連(大阪人権・同和問題企業連絡会)の加盟会社であるという関係だけでなく、それ以上に個別に深い関係が存在するといわれている。そのことから北口氏の当初の目的は、日本生命を擁護することにあったと考えられる。しかし、差別事件のもみ消しを拒否されたことから、日本生命のみならず大阪同企連に対する指導力まで低下することを懸念したことから、人権協会に対する攻撃を開始せざるを得なかったものと思われる。
 つまり目的はエセ行為をなくすことではなく、人権協会を徹底的に攻撃することによって日本生命に対する体面を保ち、さらにこれを見せしめとし、企業に対する引き締めを図ることにあったと考えられる。
 しかし、北口氏の人権協会に対する攻撃は却って、自らの運動を否定しかねない矛盾をはらむ結果となった。北口氏は人権協会を攻撃する材料として、差別した企業から経済的対価を得ていることをあげている。これ自体が許されざるエセ行為であるとするならば、北口氏が長年取り組んできた部落解放同盟の歴史そのものを否定し、かつ今日の運動のあり方の根本が問われることとなる。なぜなら、部落解放同盟は差別事件をテコに部落大衆の要求を獲得することによって、運動を発展させてきたからである。その相手は時に行政であり、時に企業であった。形態はその時によってさまざまではあるが、いずれにしても経済的対価に結びついていることに変わりはない。
 念のためあらかじめ明らかにしておくが、著者はそのような部落解放運動の歴史を否定するものではない。むしろ積極的に評価する立場にある。行政もしくは企業の差別事件は、その多くが日常的な差別体質の一部が表面化したに過ぎず、それは長年にわたって蓄積された結果である。この差別の蓄積は被差別者に膨大な経済的不利益を強いてきたものであり、その解決のためには、少なからぬ予算措置を伴う対策が必要とされる。具体的には、較差是正のための特別策、さらには啓発のための予算が措置されなければならない。
 問題となるのは、運動によって得られた経済的対価が特定の個人の収入になったり、また法律に違反した方法による場合である。人権協会は企業や行政に対して、在日コリアンの差別撤廃のための必要な対策を要求し、実現させてきた。運動体である人権協会は経済的対価を得たことは一度もない。しかし人権協会が支援する啓発事業や福祉事業、教育事業に対しては、企業や行政に経済的支援を要請し、実現させてきた。これは当然の要求であり、人権協会は常にこの中身を明らかにしてきた。在日コリアンの運動体でこのような成果を挙げたのは人権協会が初めてである。
 だからこそ、人権協会を中傷する手段として、組織の前身である民闘連の時代から「物取り主義」「韓国政府、日本政府から裏金を得ている」等の中傷が繰り返し投げかけられてきた。「道なきところに道をつくる」者の宿命であり、一度もこれにひるむことはなかった。またこのような路線を中心的に担ってきた一人である筆者に対しては、運動によって得た経済的対価を個人的に独占してきたかのような、中傷も数多くなされてきた。これに対しても、人権協会は常に組織的に対応し、一点の曇りもないことを明らかにしてきた。
 問題は、北口氏が人権協会を中傷しようとするあまり、自らの運動をも否定しかねない矛盾を露呈してしまったことである。裁判においても北口氏は、ことの内容如何に関わらず、「いかなる経済的対価」も要求すべきではないと主張している。これが北口氏の本心であると考える関係者は皆無であろう。恐らくは裁判上のテクニックとして主張したに過ぎないと、北口氏は考えているものと思われる。しかし、ことは重大な問題をはらんでいる。北口氏のかかる主張は結果として権力側の意向に合致するからである。まして北口氏が近畿大学教授のみならず部落解放同盟の幹部(中央本部執行委員、大阪府連書記長)であることから、ことは一個人の考えではすまない。
 北口氏は、人権協会を攻撃する手段として、「経済的対価」を求めるべきではないとの主張を展開するが、それは権力側(行政、企業等)がむしろ望んでいることであり、結果として自らの運動の首を絞めることとなる。少なくとも在日コリアンには権力に対して「経済的対価」を必要としないといえるほどの余裕はない。また筆者の個人的視点では、被差別部落の中には今なお「経済的対価」を必要としている少なからぬ人々が存在していると思われる。とりわけ、小泉改革の名の下に人権に関する予算が削減されようとしており、部落解放運動も例外ではないはずである。このような時期こそ、むしろマイノリティは権力に対して「経済的対価」を堂々と主張すべきである。
 北口氏が「経済的対価」を「観念(北口氏準備書面(1))」すべきでない対象を、在日コリアンに限定していたとしても、その流れはいずれ部落解放運動に及ぶことを自覚すべきである。要はどちらの立場に立つのかということである。
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