準備書面(被控訴人北口)

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2007年(平成19年)8月20日

(本件控訴理由に対する被控訴人北口の反論)

第一「エセ人権行為との中傷と社会的名誉の毀損」について

1 控訴人は、原判決の、「仮に被告北口の本件発言によって、原告の社会的評価が低下する余地があるとしても」と述べ(原判決17頁)、さらに「『エセ同和』ないし『エセ人権』的であると論評しており、その表現は人権問題に取り組む活動家である原告に対しては強烈な表現をもった批判であるとしても、本件発言を全体的に考察すれば、原告個人に対する人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱しているとまではいえない」との正当な認定に対し以下のとおり反論を試みているが、いずれも到底批判たり得ていない。
2 まず被控訴人は、「『エセ人権行為』なる用語は一般的には存在しない。」として、被控訴人北口が、「『エセ同和』を連想させることを企図して『エセ人権』なる用語を独自に過語したものである。」と主張する。
 しかし、この点は控訴人の認識不足も甚だしい。従前、「民事介入暴力等の問題」が取り上げられてきた際、政治運動標榜団体や社会運動標榜団体等の一つとして、人権運動標榜団体等の問題が取り上げられてきたことは、「エセ同和」問題とともに、これまで頻繁にあった。そうした中で「エセ人権」等の用語は社会運動標榜団体の一つである「人権運動標榜団体」の問題に対処するときに頻繁に使用されてきた。例えば、乙7号証は、1998年8月24日発行の「解放新聞大阪版」であるが、同新聞は、大量の差別採用調査で社会的に大きな問題になった「日本アイビーリック事件」を報道している。そこにおいては、「エセ人権グループが調査業者を『恐喝』」との見出しが用いられている。のみならず、以前から、「人権」を標榜する団体から被害を受けた企業や企業団体等では「エセ人権」という言葉はすでに一般的に使用されていた。「エセ同和行為」等への取り組みが始められて20年以上経過するが、「エセ同和団体」が社会的避難を受け、「部落解放」や「同和」という表現の使用が都合が悪くなれば、「えせ団体」は、団体名からそれらの用語を削除して、代わりに「人権」やそれに類する言葉を冠することも多く見られるようになった。そうした事惜から「エセ人権」という用語は、1980年代から使用されてきている。
 控訴人の、「『えせ人権』という田昭は北口の造語」などの主張は、問題の認識に対する控訴人の不十分さを示すものというほかない。控訴人は、「『エセ同和行為』は社会一般においては、なんとしてでも排除しなければならない社会悪としての評価が定まっている。従って、『エセ同和行為』との名指しされることは、今日の日本社会においては社会的生命を失うこと意味するものである。」旨主張する。
 「エセ同和行為」が排除しなければならない社会悪であることは控訴人の指摘を待つまでもなく自明のことであり、そのような行為を反省することもなく続けることは運動に対する社会的信頼をなくすことにつながるのは当然である。それは被控訴人が所属する部落解放同盟においても他の組織においても同様である。控訴人は、あたかも「えせ人権」と「名指しされる」ことが致命的であるかの如く主張するが、控訴人は、「『差別と闘う』運動の趣旨を逸脱し、『エセ人権』的行為と受け止められかねない」という趣旨で批判をしたものである。これに対し、もし控訴人がそうではない、との反論をするのであれば、自らの運動がそのような趣旨ではない、ということを自ら示し、実践することであろう。単に「エセ人権」的行為、と評されるだけで、何故「社会的生命を失う」ことになるのか、理解不可能というほかない。
3 次に控訴人は、「『エセ同和行為』に関する国の基準を被控訴人北口が歪曲している」旨批判する。
 控訴人が指摘するように、被控訴人は、部落解放運動を進める連動団体の貴任ある立場の者として、大阪企業人権協会(大阪府内の約一万社の企業を構成員として持つ団体)との編著で、「必携エセ同和行為にどう対処するか」<2006年・解放出版社>も著し、「エセ同和行為」に対する問題点を指摘してきた。控訴人は控訴理由において、「国の『エセ同和行為』に関する基準」と被控訴人北口の見解が「著しく乖離している」と主張するが、その主張にもかかわらずその意味内容は不明のままといわざるを得ない。
 控訴人は、あたかも甲24号証25号証を拠り所にするようであるが、被控訴人北口において確認したところによれば、如何なる立場、如何なる趣旨か、等について全く説明もすることなく、突然「学生らしき人物」が。犬阪府政策企画部人権室人権教育、啓発グループを訪れ、「『エセ同和」の勉強をしたい」との申し出があり、それに口頭で応対した、という状況であったようである。その際・テープ録音についての了解もとられることもなく、またその際の応答がどのように利用されるか、についての説明も了解を求めることもなかった、というのである(このような方法での証拠提出は問題と貰わざるを得ない).
 控訴人が真に、「闇の『エセ同和行為』に関する距離と被控訴人北口の見解が著しく乖離している」と主張するのであれば、控訴人もこの問題について著書を含め、様々な形でその見解を公にし、またー方公的機関においても明確に文書によりその基準が明らかにされているのであるから、そのレベルで堂々と批判をすべきであろう。
 被控訴人北口は、部落解放同盟大阪府連合会の書記長として、2006年に社会問題とされた、部落解放運動の内部から出した不祥事、犯罪事件の反省と信頼回復のための取り組みを自ら推進するために、2007年(平成19年)6月5日に結成された「えせ同和行鉛等根絶大阪連絡会認」に加わった、大阪商工会議所野村明雄会頭を会長、太田房江知事らが副会長に就任した組織である(乙8)。そして、被控訴人北口はその事務局長に就任した、同被控訴人は、国の「エセ同和行為」に関する基離と同様の見解のもとに、運動団体の責任者としての立場で、「えせ同和行為等根絶」に取り組みを続けているのである。
4 次に控訴人は、「企業に対して不当な要求をする場合に、その手口として、その企業の監督官庁等に連絡をとり、その官庁の企業に対する形糖力を悪用しようとすることが多い。」(甲23号証法務省人権擁護局「えせ同和行為対策の手引き」3項)にもかかわらず、「官庁の影響力を利用するすべもない在日コリアン問題ではありえない状況が存在する、と主張する。牽強付会の論の典型というべき論である。
 上記の引用箇所からも明らかなように、上記の文献は、「えせ同和」行為においては「その官庁の企業に対する影響力を悪用しようとすることが多い」という実態を指摘しているに過ぎないものであり、「官庁の企業に対する影弾力を悪用」しなければ「エセ同和行為」ではない)等と指摘されているのではない。「エセ同和」行為、「エセ人権」行為等の本質的問題は、上記の「官庁の企業に対する影響力を悪用」することにあるか否かではないことは誰もが理解しているところである。
 このような控訴人の主張自体、如何に「エセ同和」「エセ人権」等の間題を理解していないか、を象徴的に示している。
 また、控訴人は、「部落解放同盟大阪府連内における上田派と反上田派の対立」等の事実を記載している。その記軸が本件に一体如何なる関係があるというのであろうか。かかる記載をなすこと自体、控訴人が本件訴訟を如何なる趣旨・目的で利用しようとしているのか、の真意を表すものといわねばならない。
以上
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