準備書面5

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2005年10月13日
  1. 被告北口は,2005年(平成17年)7月25日付準備書面(1)2項において,在日コリアン人権協会の「設立そしてその活動の基本的な趣旨は,正に『民族差別』についての相互理解を深めることにあると理解している。」と主張する。ここに重大な事実誤認がある。在日コリアン人権協会は在日コリアン当事者を主体とした運動団体であり,その基本は民族差別との闘いにある。被告が理解するところの「相互理解」は,専ら啓発を主体とする事業体の趣旨であり,運動団体の性格とは異なるものである。啓発団体であるならば,対等な関係の相互理解もあり得るが,当事者を主体とした運動(闘争)団体である在日コリアン人権協会は,差別を行った相手に対しては「理解を求める」立場にあるのであり「相互理解」とは性質を異にする。同書面第2項及び第3項においてそれぞれ「『経済的対価』等が観念される余地はない」「『経済的対価の合意』などあってはならない」との原告の主張は,かかる事実誤認を前提としているのであり,主張そのものの根拠が失われたと言う他ない。但し,原告は仮に「相互理解」を目的としていたとしても,合理的根拠が存在するならば「経済的対価」を要求するのは当然であると考える。
    この被告の誤認は単なる誤解ではなく,運動体(闘争団体)と事業体との関係性の混乱にあると考える。被告の所属する部落解放同盟は従来から両者を明確に区別していた。すなわち「運動は目的,事業は手段」という原則を堅持してきた。しかし,一部に逆転現象が,つまり運動は事業の手段として機能するのみで,事業が目的化し,次第に両者の区別が曖昧になる傾向が顕著になりだした。被告が部落解放運動に参加し出した時期は,正にそのような傾向が広がり始めた頃であり,出発点から運動の原則を正しく理解しないまま今日に至っていると推測される。このことは被告が,立場の違う在日コリアンの運動について,執拗なまでの干渉を行ってきたことにも現れている。部落解放運動の前身である「全国水平社」創立の精神は,被差別者が自らの力で解放を勝ち取る事にあり,他の被差別者の代行運動はこれを厳しく戒めている。ここにも,被告の原則逸脱が認められる。
    これら被告の誤認または運動原則の逸脱は,部落解放運動を取り巻く社会環境の変化と無縁ではない。1965年同和対策審議会答申(同対審)が出され,1969年にこれに基づく同和対策特別措置法(特措法)が施行された。以降,国において同和事業が予算化され,全国で同和事業が飛躍的に拡大,発展した。しかし,事業の急速な発展に運動の質的発展が追いつかず,次第に事業を目的に運動に入る者が増加し,いわゆる運動の「水ぶくれ現象」が生じた。結果行政から同和事業予算を獲得することが運動の主たる目的となり,これが獲得できなければ,組織の維持が困難になるというジレンマの状態に陥った。このような状態は,世論の反発を引き起こし,行財政の悪化と相俟って従来のような同和予算の拡大,発展は次第に困難となった。かかる社会環境の中で,純粋にかつ原則的に部落差別撤廃運動を行うリーダーはかえって疎んじられ,組織の維持とは行政や企業の予算を獲得することと同意語となる。水平社宣言の崇高な精神や,部落解放運動の先人達が培ってきた原則は軽視され,同和事業の維持,発展こそが全てに優先する傾向が現れ始めた。
    しかし,他方在日コリアンの場合,参政権が付与されていない事から,深刻な被差別の実態が存在しても国や地方行政は,法律はおろか何らの施策,予算措置も講じてこなかった。原告は,30年来在日コリアンの差別撤廃運動に従事し,民族差別を糾弾するとともに,原因を究明し,再発を防止するために,行政,企業に対して民族差別撤廃のための施策と,これに必要な予算を講じるよう働きかけてきた。1990年代に入りようやく啓発事業において在日コリアンの人権問題が予算化されるようになった。企業,行政が,それまで人権の唯一の窓口であった「同和問題」を「人権問題」に拡大し,在日コリアンをはじめとする他の被差別問題にも取り組みを広げた。このようにして同和問題は唯一の人権問題から,数ある人権問題の一つへと,その位置が変化した。この時期が先に述べた部落解放運動の変化と重なる。このころから,部落解放同盟の一部の者から在日コリアン人権協会に対して「そもそも自分たちが勝ち取ったものを,横取りするのは許せない」との批判が生じ始めていた。
    被告の在日コリアン人権協会に対する一連の妨害行動は,このような状況の中で生まれたものである。従来ならば,立場の異なる在日コリアンの運動に部落解放同盟の幹部がここまで干渉すれば,間違いなく部落解放同盟の内部から厳しい批判が起きたはずである。個々人では被告のこのような他者への干渉を批判する者が少なくないが,組織としての批判にまで発展しないのはこのような事情によるものと考えられる。同和対策の法律(地域改善特別措置法)が期限切れとなって以降,限られた予算のパイを争奪する傾向が顕著となり,政治力,組織力の強い者が独占支配することとなった。
    従って,被告の運動原則の逸脱は,正確には在日コリアン人権運動の代行ではなく,在日コリアンの為の企業や行政の予算の独占にその目的が置かれているのである。
  2. 被告は同書面第2項において「『被差別者』が『差別者』に対し,名目の如何を問わず何らかの金銭的給付を求めることは,『差別を金で売る』との誤解を招くものであり(中略)『差別に対し共に立ち向かう』と言う方向とは逆行するものである。」と主張する。
    これは人権研修の講師料も受領すべきではないと言う意味である。この主張について以下の通り反論する。
    在日コリアンの人権にかかわらず,部落問題においても,永年多くの部落解放同盟の活動家が,差別を行った企業,行政,その他団体に人権研修の講師として赴き,講師料を受領しているが,これも被告の主張からすれば,「あってはならないもの」のはずである。であるならば,被告は,自ら所属しかつ指導的立場(部落解放同盟中央執行委員,同大阪府連合会書記長)にある者として,自らの組織内に対して,厳しくこれを戒めるべきである。
    原告が被告大成建設本社の研修を行うにあたって,講師料を算定する根拠は,以前から同社で毎年講師を務めていた被告の講師料(15万円)である。原告は大成建設本社との確認事項(1999年6月25日)に基づき,毎年同社の本社において人権研修を行うことになったが,同社経営本部専任部長(人権担当)の城戸雄三(以下城戸という)から講師料をいくらにすればよいかと聞かれた。原告は,講師料を原告個人が受領するが,最終的には全額組織の維持費に使用されるため,多ければ多い程良いと回答した。城戸は部落解放同盟の被告北口を毎年講師として招聘しており,その金額以上は出せないと回答した。原告はこれを了承した。他にも被告北口は東京人権啓発企業連絡会(以下東京人企連),大阪人権企業連絡会(以下大阪人企連)を中心に数多くの人権研修の講師を務めている。これらの団体は,過去に部落地名総鑑(被差別部落の地名を網羅した差別本)を購入したため,部落解放同盟から厳しく糾弾された企業が,同組織の指導の下に結成した団体である。被告北口は,各企業からの講師料は1回につき10万円から20万円で,その他も含め1年に約200回程度講演を行っているといわれている。これこそ正に被告北口の主張する「『被差別者』が『差別者』に対し,名目の如何を問わず何らかの金銭的給付を求めること」であり,被告の主張は自らの行動と著しく矛盾すると言わざるを得ない。
    矛盾の極みは被告自身の職業にある。被告は近畿大学教授の職を得ているが,近畿大学は先の大阪人企連の加盟団体であり,過去部落地名総鑑を購入し,部落解放同盟から厳しく糾弾された団体である。被告北口が同大学に就職したのはこの事件以降の事であり,被告北口は部落解放同盟大阪府連合会(以下大阪府連)の人権対策部長として専ら大阪人企連の指導に当たっていた。このような環境の中で,つまり差別を犯した企業,団体を運動の立場から指導すべき立場の者がその対象たる企業若しくは団体に就職することは従来の運動原則からは,考えられなかったことである。但し原告は,これを一概に否定するものではない。運動の一般原則では必ずしも計りきれない特殊事情が存在することを否定できないからである。まして運動体の幹部といえども生活を維持する必要があり,個人の生計事情に関わる事柄については慎重を期さなければならない。しかし,一方幹部であるからには,かかる特殊事情が何であるのかを明らかにする事は当然の義務である。説明できない事情が合理的理由足り得ないのは自明の理である。
    これこそ被告の主張の最大の矛盾である。
    また被告の所属する部落解放同盟が中心的役割を果たしている「反差別国際運動」(事務所は同中央本部建物内)は毎年上記の企業団体から多額の寄付金を受領している。さらに,被告が指導的役割を果たしている大阪府連は従来から大阪府に対して毎年交渉を行っているが,要求項目の多くは大阪府に対する同和対策予算の獲得,増額である。しかもこれらの要求は,差別の実態を根拠としており,差別事件が生起した場合,要求は更に強力となる。
    これこそ正に矛盾と言うほかない。但し,原告は部落解放同盟のこのような運動形式を否定するものではない。むしろ,原告は在日コリアンの運動が従来日本の行政に対して民族差別撤廃の為の施策を要求してこなかった事に忸怩たる思いを抱いていたものであり,積極的に政府,行政に対して特別措置の予算を要求すべきであると考え,実践してきた。すなわち原告は被告北口の所属する部落解放同盟の運動に学び,同様の運動をしてきたのである。にもかかわらず,被告北口が原告の運動を否定するのは一見単なる矛盾のように見える。しかし先に述べた状況の変化から推測すると,むしろ同様の,つまり原告の運動が予算を獲得する競争相手と映ったことこそが否定の真の理由であると考えるほかない。真の理由を隠すために,敢えて原告に対して何ら根拠のない誹謗,中傷を繰り返してきたと考えざるを得ない。
  3. 2005年(平成17年)8月29日付被告北口準備書面(2)第2項において,「『エセ同和』『エセ人権』行為一般に関する自らの見解を柏木教授らとの面談においても説明した。」と主張する。
    以下反論する。当日の会談は被告北口が柏木教授に対して在日コリアン人権協会および徐正禹がエセ行為を行っているとの誹謗中傷を行ったものであり,エセ一般論を論じたものではない。
    また,在日コリアン人権協会および徐正禹の活動がエセ行為であるとの被告北口の主張には,重大な誤認およびすり替えが存在する。さらに,在日コリアン人権協会が多額の金員等を受領していたとの主張はまったくの虚偽である。
    以下その内容を指摘する。
    エセ行為のエセとはすなわち「似非」の意であり,行為の主体者が偽者であることが出発点である。さらにエセ行為はそれにとどまらず,金員の受領方法が問題となる。問題となる受領方法は,次の2点に集約される。
    ①差別ではないにもかかわらず,差別だと言い立てて金員を要求すること,
    ②差別であるにもかかわらず,あえて差別でないと断定もしくは隠蔽し,その対価として金員を受領することである。原告および在日コリアン人権協会が過去そのような行為を行った事実はまったく存在しない。
    上記の基準から考えると,むしろ被告北口の行為こそエセ行為の典型と断定せざるを得ない。まず1点目に被告北口はこれまで被告および在日コリアン人権協会に対して,執拗な妨害および誹謗中傷を繰り返してきたが,それを聞く側の企業および行政は,大阪府連書記長として,つまり組織の意見として受け止めてきた。だからこそ根拠のない誹謗中傷であっても,絶大なる効果を発揮しえたのである。しかし,今回の事件を含め,数々の妨害および誹謗中傷は,必ずしも大阪府連の組織決定に基づくものではなく,その内実は肩書きを利用した個人プレーに過ぎないと考えられる。なぜならば,複数の大阪府連の関係者から聞いた事実として,被告北口の在日コリアン人権協会および原告に対する行為は,大阪府連の各級機関のいかなる決定も経ていないとのことであり,大阪府連の組織内では被告北口の個人プレーとして受け止められている。かかる行為こそ,まさに組織を「騙る」エセ行為の典型である。仮にエセ行為ではないと主張するのであれば,それぞれの妨害行為について,大阪府連のいつ,いかなる機関(執行委員会,三役会議等)において議決または承認を得たのか,その内容が具体的に提示されなければならない。さらに被告北口は自らが在日コリアンでないにもかかわらず,あたかも在日コリアン当事者のごとき行為を繰り返してきた。差別問題の基本は当事者性にあるといわれている。つまり,差別の痛みは当事者でなければ理解できないことから,差別性の判断および解決策の選択は,第一に当事者の意見によるべきであるとの原則である。被告北口のかかる原則の逸脱は,後述する「日本生命事件」を出発点に,当事者である原告および在日コリアン人権協会が取り組む民族差別事件に対して,差別ではないと言い立て,差別した側を擁護するという行為の繰り返しに如実に現れている。これら行為の内容は以下のとおりである。
    ①日本生命事件
    これは,1996年日本生命甲南支社の職員が尼崎市で営業中に差別的なツール(文書)を配布した事件である。「YUKAちゃん新聞」という名のこのツールには「あなたの日本人度チェック」というアンケートがあり,「富士山を見てどう思うか」「日の丸を見てどう感じるか」などの語句が羅列されていた。このツールは営業先の会社の職場で配布されるものである。一見何の変哲もないように見えるが,在日コリアン当事者にとっては痛みを覚える者が少なくない。なぜならば在日コリアンの大半は,差別から身を守るため民族の出自を隠し日本名で生活しているのが現実である。まして,圧倒的に日本人の多い職場ではなおさらである。そのような環境でこのツールが配布された時,当該の職場では,互いに冗談を交えて日本人的であるとか,日本人的ではないといった会話が飛び交うのは想像に難くない。事実このツールはそのような会話が飛び交うことによって場を和ませ,営業につなげることを目的としている。そのような状況下で出自を隠している在日コリアンは,周囲の会話にびくびくし,自分のことに話題が及ぶのではないかと心を痛めるのである。この感覚は日本人にも,また一般外国人にも理解しがたいものである。
    問題は事件そのものだけではない。同様の事件が1993年に同じ甲南支社で起きており,その際も在日コリアン人権協会が問題を指摘し,日本生命は再発防止を謳った報告書を同会に提出していたのである。1回目の教訓が生かされていなかったことから,在日コリアン人権協会は事実確認会を行った。事実確認会は翌1997年6月,同7月,同11月の計3回行われたが,そこでは1回目の事件の後,約束された再発防止のための取り組みが履行されていなかったことから,人権問題の責任者(副社長)が次回の事実確認会に出席するよう要請した。このことを契機に日本生命は態度を硬化させ,一切話し合いを拒否した。日本生命が大阪同企連の加盟社であり,当時同会の代表幹事をしていたことから,1998年,大阪同企連の指導的立場にあった被告北口と原告が面談した。当時は在日コリアン人権協会と大阪同企連および大阪府連は友好関係にあったことから,まず話し合いで解決すべきとの判断によるものであった。会談では,被告北口はすでに事件のことは日本生命から聞いており,「日生は腹をくくっている。上まで話がいっている。(在日コリアン人権協会のことを)相手にしないといっている。」「儂(被告北口)が言っても無駄だろう。」というので,原告はそれならばむしろ好都合だと判断した。つまり,被告北口が日本生命に対して在日コリアン人権協会と話し合うように促して断られるのであれば,日本生命は後ろ盾を失うことになるからである。原告がこのような判断をしたのは,日本生命との最後の話し合いが決裂したとき,担当者(宮敏育 現大阪同和金融公社理事長)が帰り際に,「大阪府連に相談せなあかん」と言いながら退出したからである。つまり,原告らとの話し合いの一方で,すでに被告北口と相談していたことが伺えたのである。そうでなければ,日本生命が一方的に話し合いを拒否することはできなかったはずである。
    以上の事情から原告は被告北口に対して「それならむしろ好都合だ」と言うと,今度は一転して「いやいや,儂が言ったら言うことを聞くだろう」と言うので,やむなく話し合いの仲介を依頼した。しかし,被告北口は「手ぶらでは話ができん。」と言うので,友好的な関係の中で解決策を求める,こととなった。具体的には,ツールの事件以降新たに発覚した日本生命の融資における差別事件については,差別された在日コリアンの当事者がいるので,これについては両者を合わせて事実確認を行い,友好的な関係の中で解決策を求める。ツール事件については,特定の被害者が名乗り出ていない段階なので,大衆的な事実確認会は行わず,再発防止策と社内の在日コリアン問題の人権研修を徹底することを仲介の条件とした。
    同年11月4日,被告北口の仲介で原告と日本生命の話し合いの場が持たれた。原告はすでに条件は合意されているので,後は詰めの話し合いが残るのみと考えていた。ところが,話し合いの冒頭,被告北口は「今までのことは,一切何もなかった。それでいいな。」と言い出したので,原告は「それでは話が違う。」と反論したことから,改めて議論が始まった。議論の中心は融資の差別事件に終始した。日本生命は「そのような事実はない」と主張するので,原告は「それなら当事者同士が話し合うべきだ。」「その結果,誤解であるならば,それで終わるではないか。」と主張した。これに対して被告北口は「日生は差別はないといっている。融資に国籍条項はないのだから差別はない。」と言い出し,以降日本生命はほとんど話をせず,被告北口と原告の議論となった。原告は日本生命の融資条件に国籍条項が存在しないから,差別はないとの被告北口の主張に対して,次のように反論した。民間企業は就職に際しても国籍条項は存在しない。しかし,実際には在日コリアンを差別してきた。つまり建前と本音は異なるのであり,そこに民族差別の深刻さが存在するのだ,と説明した。議論を開始してわかったことであるが,被告北口は在日コリアンの問題については驚くほどに無知であった。そのため,議論というより,原告がひとつひとつ丁寧に在日コリアンの人権問題の基本を説明するような形となった。さらに,原告は差別をされた被害者と融資差別をした事件当時の担当者との会話の録音テープが存在することを告げ,それを確認すればどうかと告げた。すると被告北口は,録音された日本生命の当時の担当者が,すでに退職しており,録音は電話での会話で相手の了解を取っていなかったことから「60歳を超えた人に無断で録音したことは高齢者差別である。こちらの方が問題だ。」と言いはじめたので,公表するつもりはなく,いざという時の担保として録音したものである,と説明した。また被告北口は,「融資で差別されたという人は,パチンコ屋やってるらしいな。」「これをネタに金を引っ張ろうとしているんだろう。パチンコ屋にはそんな奴が多いだろう。」とまで言いはじめた。次々と話を本題からはずそうとするので,明らかな職業差別発言ではあったが,「それは,ありえない。もしそうなったら,原告が責任を取る。」と返して,話を切った。返答に窮した被告北口は突然胸をそらして「儂は今日,大阪府連の書記長としてきている。」と言い出して,しばらく原告の反応を見るようにして沈黙した。原告は「それは関係ないだろう。とにかく話を前に進めよう。」と言って取り合わなかった。それが被告北口の名誉のためになると判断したからである。なぜなら,原告にしてみれば「大阪府連の書記長」と言われても,原告が部落解放同盟の一員ならともかく,まったくの他団体であるため,上下関係など存在しようもなく,この発言にまともに対応すれば「そんな権威は通用しません。」という他なくなり,かえって被告北口に恥をかかせることになると考えたからである。結局最後に被告北口は「今日は気分悪い。帰る。」と言って立ち上がったので,原告は「まあまあ落ち着いて。話は終わっていないじゃないか。」とたしなめたが,被告北口はそのまま足早に部屋を出て行った。日本生命の担当者があわてて被告北口を追いかけて行った後,帰ってきてから原告に「徐さん(原告)どうするの。北口さん,えらい怒ってるよ。」と原告の顔を覗き込むように言い出したので,原告は「そんなに怒るような話ではないじゃないか。」と応えた。日本生命の原告に対するこのような態度は,差別を糾弾する側と差別した側の関係から見て異常というほかなかった。また被告北口は,仲介という立場であるにもかかわらず,なぜあれほどまでに日本生命の側に立って,というよりもむしろ,ほとんど代理人であるかのような言動に終始したのか,当時はまったく理解できなかった。
    後に,大阪府連の関係者が日本生命の一件を知り,原告に会った際に日本生命と被告北口との特殊な関係を教えてくれた。日本生命は,数ある大阪同企連の企業の中でも被告北口とは特別な関係にあり,一言で言えば被告北口の個人的な「財布」とも言うべき関係にあるとのことであった。例えば日本生命の全社員(数万人)に配布されている部落問題の啓発冊子は,被告北口の執筆によるもので,その収入は被告北口個人が得ているとの内容であった。そのため,被告北口は日本生命を守るべき立場にあるので,そのことは十分理解した上で,慎重に対応すべきであるとの忠告であった。にわかには信じがたい話であったが,後に被告北口が個人で有限会社を所有し,この会社を通じて企業等に人権教材を販売していることを知ったことから,先の話もありうることと考えるようになったのである。また当時,複数の大阪府連の関係者から「なぜ北口は徐さんともめているのか」と問われることがあった。その際に日本生命の一件を説明しだすと,たいていの場合,話の途中で「ああ,ああ,もうわかった。そういうことやな。」と言うので,組織内では公然の事実となっていることを知るに至ったのである。
    在日コリアン人権協会はその後,日本生命事件をパンフレット「あなたの日本人度チェック」にまとめて,日本生命の全役員をはじめ,関係各方面に配布したが,日本生命からはその後も一切の反応がなかった。しかし被告北口はこの一件を契機に原告および在日コリアン人権協会に対して誹謗中傷,妨害,組織介入を猛烈に開始したのである。
    このように被告北口の原告および在日コリアン人権協会に対する妨害行為の動機はきわめて個人的な逆恨みに端を発している。
    ②ボイスコーダー事件
    日本生命事件の後,2000年春,原告が同僚と居酒屋で食事をしていたとき,日本生命事件をきっかけに被告北口に対する批判的な話に話題が盛り上がった。ところが,後日この会話の内容が録音され,大阪府の職員や大阪府連の関係者から「録音テープを聴いた。気をつけるように。」と忠告された。後日判明したことであるが,原告らが食事をしていた居酒屋のカウンターの一番は端に座っていた男性が,被告北口の友人で,その人間がボイスコーダーで原告らの会話を録音していたのであり,被告北口は同人ら録音テープを入手していたのである。
    被告北口が他人にテープを聞かせるのは,原告が「人権運動の世界に優秀な人材が集まりにくいのは,待遇と社会的評価が低いからである。優秀な人材に相当の給与を支払うシステムが必要だ。中にはベンツに乗る活動家が居ても良い。そうなれば若い世代の励みになる。」と発言した部分であり,この部分を指して被告北口は原告が「エセ行為」をしているかの中傷を行ったのである。極論かもしれないが,原告の考えは現在も変わっていない。
    ところが被告北口が他人には決して聞かせず,しかし最も敏感に反応した録音部分は以下の内容である。「北口さんが近畿大学の教授になれたのは,同和対策によるものであり,決して本人の実力だけによるものではない。同和対策で就職することに問題があるわけではない。問題はそのことを堂々と明らかにしないことだ」。原告の発言の趣旨は,運動の成果として就職した者が,暫くすると隠すようになり,次第に運動から遠ざかる傾向がある。そうなると,後に続く後輩たちの道が閉ざされてしまうことになるという点にある。
    いずれにせよ,この他愛もないように思える事件が,その直後の夏季セミナー事件をはじめとする被告北口の数々の妨害行為に発展することとなったのである。
  4. 以上主張してきた論旨の要約は以下の通りである。
    被告北口による妨害行為の個人的動機について
    ① 被告北口は大阪同企連加盟全社の人権に関する予算の独占あるいは窓口の一本化を企図していたところ、在日コリアン人権協会が被告北口を通さず、独自で日本生命の差別に対する大衆的交渉を行ったことに危機感を覚えた。そこで、被告北口は、背後で日本生命に差別事件対策を指南した。しかし、原告が被告北口と日本生命の特殊な関係を熟知していなかったことを奇貨として、仲介の立場を利用し、あえて日本生命の出席の下、原告が会長職にあった在日コリアン人権協会に対して、差別事件を不問とさせることによって、被告北口の権威の回復を図ったものである。
    ② ボイスコーダー事件では、被告北口が,近畿大学に教授の職を得た原因が、被告北口の研究者としての実力ではなく、同和対策によるものとの原告の発言に、名誉を著しく毀損されたものと激怒した。これに復讐するため、原告が常務理事を務める社団法人、さらに会長職を務める在日コリアン人権協会に対する妨害を開始した。
    ③ しかし、個人的な恩讐は個人対個人で行うべきとの、周囲の忠告もしくは反発が生じたため、個人的動機を隠蔽し、周囲の了解または暗黙の承認を得るため、根拠のない「エセ行為」「不正」を声高に流布し始めた。
    ④ その際、在日コリアンへの不当な干渉との批判を回避するため、在日コリアン人権協会を離れたメンバーと連携し、当事者を表に立てて自らは背後で操縦しつつ、目的の遂行を図ったものである。
    被告北口の妨害行為を許した背景
    ① 被告北口の所属する部落解放同盟は、時限立法としての特別措置法が消滅し、組織財源の源泉たる国および自治体の同和予算が削減され、危機感が募り始めていた。そのため、「同和問題」を「同和・人権問題」または「人権問題」へと表現を変えて、すべての人権に関する予算を獲得する方向にシフトの変換を図った。しかし、在日コリアン人権協会が独自に、企業、行政から人権予算を獲得し始めたことに対して危機感を覚え「予算を横取りされた」との不満が生じつつあった。
    この傾向は特に同和地区の在日コリアンに対する同和事業の適用を巡って従前から問題とされて来た事柄である。即ち、公営住宅の要求闘争には頭数として地区内の在日コリアンも動員するが、住宅が建設されると手のひらを返したように「外国人」であることを口実に排除するという歴史がなんら総括されることなく今日に至った結果である。いわゆる「民族排外主義」の顕在化である。 
    かかる状況が、被告北口の個人プレーに暗黙の承認を与える結果となった。
    ② 同和事業の削減、縮小の中、各地で同和事業にまつわる不正事件が頻発し、これに対する世論の風当たりがさらに悪化し始めた。そのような状況下で、在日コリアン人権運動の「エセ行為」「不正」の噂は、相対的に部落解放同盟に対する世論の反発を弱めることにつながることから、被告北口の妨害行為は結果としてプラスに作用するものとして、あえて問題にしない状況が存在した。
    ③ 企業、行政が、被告北口の脅威に、黙々と従ったことが事の本質ではない。企業、行政は、同和問題から人権問題一般へと守備範囲が拡大したことから、人員、予算を拡大させないため、従来どおり部落解放同盟に人権の窓口を一本化させたほうが予算的に得策との判断が背景に存在する。そのためには、それぞれの被差別者集団が自立して、独自に交渉窓口を設定することは極力避けたいと考えており、被告北口の手法と合致する部分が生じた。
    ④ 被告北口の企業に対する圧力の源泉は、差別との闘いではなく、差別と闘わないことを交換条件として、さまざまな要求を呑ませる点にある。一方在日コリアン人権協会は、あくまでも差別に対しては闘う姿勢を堅持するため、企業、行政から疎まれる傾向にあり、その間隙に被告北口が入り込むことができた。
  5. また同準備書面(2)2項において「被告北口は、在日コリアン人権協会に対する事実については、被告北口において確認していた事実、即ち、従前差別事件を起こした企業から同協会が多額の金員等を受領していた事実等を説明した。」と主張するが、そのような事実は存在しないし、仮に存在してもそれは正当な対価であり、批判もしくは中傷されるべき性質のものではない。
    また、「確認していた事実」というのであれば、伝聞または噂等の類ではなく、確たる証拠の裏づけが存在するはずである。被告北口はかかる証拠の裏づけを明らかにすべきである。
    ちなみに2000年8月に配布された原告および在日コリアン人権協会に対する最初の中傷文書は、被告北口自らも各方面に配布し、企業、行政に対して在日コリアン人権協会との関係断絶を迫る根拠とした。しかし、本文書は末尾に、近いうちに証拠を明らかにすると記載しているが、5年を経過した現在もなお証拠は示されていない。また、2002年に社団法人大阪国際理解教育研究センターが配布した同様の文書についても、2004年の同法人の総会資料においては、不正の存在については、判断することはできないとの趣旨に変更されていることも指摘しておく。
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