準備書面8

提供:裁判コンテンツ
移動: 案内, 検索
2006年7月19日

原告は,2006年6月13日付被告北口準備書面(5)に対して下記のとおり反論する。

目次

1 同書2項(2)①について

①保護者会の抗議行動の経緯
被告北口は2001年4月16日および同年6月15日,大阪企業人権推進協議会ならびに大阪同和・人権問題企業連絡会(以下,両企業団体という)に対して,全国在日コリアン保護者会(以下,保護者会という)が行った抗議行動を夫々「不当な圧力を加え業務を妨害した」「記念行事を妨害するなどの行為」とし,これらの行動が「『差別と闘う』運動の趣旨を逸脱し,『エセ人権』的行為と受け止められかねない」(3)と断じている。
被告北口のこのような考え方と,それに基づく一連の行為(中傷行為)は,原告ならびに在日コリアン人権協会のみならず,被告北口が所属する部落解放同盟を始めとする日本の全ての被差別者解放運動に重大な誤解と支障をきたすとの懸念から,以下のとおり反論する.
抗議行動の経緯は次の通りである。当時日本で唯一の在日外国人(コリアンを含む)学生のための就職セミナーが毎年開催されており,保護者会も同セミナーに全面協力していた。しかし2001年開催予定の同セミナーに対して,従来毎年後援してきた両企業団体が突如として後援の中止を決定した。
 
②理由のない後援中止決定
理由は在日コリアン人権協会と主催団体である社団法人大阪国際理解教育研究センター(以下,KMJという)が金銭的に不透明な関係にあるとの中傷文書(甲4)にあった。しかし同年2月,この中傷文書の真偽を確認することを目的に実施された大阪府教育委員会(KMJの監督官庁)による検査(監査)報告(甲5)が発表された。結果いくつかの事務的不備は指摘されたものの,中傷文書の核心である金銭的不透明は全く存在しないことが明らかにされた。ところが両企業団体は,なおもセミナーの後援中止を変更することはなかった。要するに合理的理由が一切存在しないことが明白であるにも関わらず,後援中止を断行したのである。後援を中止すれば,両企業団体に所属する企業は,事実上セミナーへの参加が困難となり,外国人学生の就職の門戸は著しく狭められることとなる。保護者会の抗議行動はこのような止むに止まれぬ事情から発したものである。
ちなみに,上記中傷文書は,インターネットのホームページにも掲載され,両企業団体の後援中止の理由にも上げられていた。ところが,このホームページは,意図的に管理者を隠蔽していたため,原告等が専門家に依頼して管理者を追及していたところ,本裁判が開始された直後,突如として閉鎖されたものである。(甲6)
 
③就職差別たる要件と被告北口の曲解
在日コリアンに対する民族差別の中核は就職差別にある。生活の糧を得る道が犯されることが,家庭不和を招き,子どもの教育にまで影響するからである。ところで,日本の社会的弱者と言われる階層(同和地区,高齢者,女性,障害者等)に対しては夫々に,権利を擁護するための法律が存在する。政府,自治体には,これらの法律を根拠に独自の窓口が設置され,予算措置の下,雇用促進・啓発等必要な事業が実施されている。
しかし在日コリアンにはそのような法律・制度が整備されていないため,在日コリアン人権協会を中心に長年企業や行政に働きかけを行い,ようやく就職セミナーが実現されたのである。同和地区住民に対しては政府,自治体による予算支出の下,職業安定所の特別援助,公費出資の財団(同和地区人材開発雇用センター)による雇用推促進等の事業が実施されている。しかし,原告等在日コリアンは就職セミナーを全て自費によって企画・運営してきたのであり,企業からの協賛金を充てても,収支は常に赤字状態であることから,原告等のボランティアとカンパによってかろうじて賄われていたのである。
在日コリアンに対する就職差別の原因は,雇用する側の企業と,永年被差別状態を放置し,必要な施策を講じてこなかった行政に,その責任が存在することは明らかである。従って企業が,とりわけ人権を標榜する企業団体が就職セミナーを後援し,協力することは,むしろ最低限果たすべき企業の社会的責任の範疇にあると解すべきである。本来,差別を行ってきた企業こそが,自ら率先して在日コリアンの雇用促進事業を実施すべきなのである。にもかかわらず,両企業団体が一部の幹部によって,何らの合理的理由もなく,セミナーの後援中止を決定したため,従来セミナーにブースを設置してきた企業の参加を困難にしたことは,在日コリアン学生の就職の門戸をより一層狭めることとなる。両企業団体は,後援中止がもたらすこのような結果を十分に認識した上で,合理的理由を説明することなく,後援を中止したのである。従って,差別の本質であるところの「積極的かつ合理的理由なくして,被差別者の利益を阻害する行為」にあたることは明白であるから,保護者会はこれを「就職差別」であると指摘し,抗議行動を行なったものである。
被告北口は上記のごとく,民族差別の何たるかを理解していないため,あたかも保護者会が差別でないものを差別であると言いたてていると曲解したことから,これを「エセ人権」的行為であると主張するのである。
 
④マイノリティの闘いの正当性
このような状況の下,在日コリアンの保護者たちが団結し,両企業団体に是正を求めて抗議行動を起すことは,当然の帰結であり,マイノリティ(被差別少数者)に認められた正当な権利である。マイノリティの抗議行動は,対象となる差別・抑圧の事象が過酷であるほどにその形態は熾烈を増す。時として,差別に対する怒りが頂点に達したとき,当事者の行動は,相手にとって「圧力」と映り,結果として「業務を妨害」することもあり得る。
原告は1985年春,指紋押捺拒否運動のリーダーの一人として,また自ら拒否者として外国人登録法改正運動を展開した。当時の在日コリアン拒否者たちは,指紋押捺拒否が刑事罰の対象であり,自ら逮捕される可能性のあることを十分認識した上で指紋押捺を拒否したのである。当時原告をリ―ダーに,指紋押捺拒否を目的とした30人あまりの在日コリアンは,拒否行動を行う際,1人1人が自ら受けてきた差別の体験を泣きながら訴え,次々と指紋押捺を拒否したのである。このとき指紋押捺を拒否した在日コリアンの多くが,それまで「闘争」等一切経験のない普通の人々であった。彼(女)等全員の胸中に共通していたものは,このような差別と屈辱の制度を,弟や妹たち,子どもや孫たちには,なんとしてでも経験させたくないとの思いであった。
たしかに,指紋押捺拒否は犯罪であり,法的に正当化されることはない。しかし,拒否運動に至る以前に,署名活動等永年合法的運動を展開してきたにも関わらず,マスコミや国会からの反応は皆無に近かった。その結果一部の在日コリアンが止むに止まれず指紋押捺を拒否したことから,初めてマスコミが,次いで世論が反応し,最終的に国会を動かした結果,法律が改正されたのである。
マイノリティが自らの権利を獲得するためには,マイノリティ一般に共通する団結と抗議行動が必要とされるが,在日コリアンに関しては,参政権がないことから,更に熾烈な闘いを展開せざるを得ないのである。
以上見てきたマイノリティの権利獲得運動の形態は,マイノリティの永年の闘いの中で社会的に容認されてきたものであり,それは何人も犯すことのできないマイノリティの権利である。
被告北口は,マイノリティの闘いの正当性と当然の権利,さらには在日コリアンが,他のマイノリティよりもさらに困難な社会的立場に位置している現実を理解していないことから,保護者会の抗議行動が「不当」であると曲解するのである。
 
⑤被告北口の主張と部落解放運動との矛盾
それでもなお,被告北口が両企業団体に対する保護者会の抗議行動を「不当」であり「エセ人権」的行為であると主張するのであれば,翻って自身が指導的立場にある部落解放同盟の名誉を傷つける行為となるのは明らかである。何故なら,部落解放同盟は差別・抑圧に対しては,座りこみを始めとする厳しい糾弾闘争を展開し,時には逮捕者まで出しながら,差別企業や行政に強力な「圧力」をかけることによって,被差別部落の人々の権利を獲得してきたのである。差別する企業や行政が,陳情や「紳士的」な話し合いでマイノリティの権利を実現できるなど歴史上あり得なかったことである。
 

2 同書2項(2)②から④まで

②から④に記述された企業・団体との啓発事業に関するやり取りは事実である。しかし,被告北口のこれら事実に関する評価は明らかに歪曲されており,以下反論する。
 
①3者に対する差別糾弾の経緯
何故か被告北口は企業名を明らかにしていないが「大手飲料メーカー」とはキリンビール株式会社(以下,キリンという)のことである。続く近畿日本ツーリスト(以下,KNTという),天理教ともに,夫々在日コリアンに対する悪質な民族差別を行い,在日コリアン人権協会が糾弾闘争を展開した企業・団体である。
これら糾弾闘争は全て原告がその中心的かつ先導的役割を果たしてきた。いずれも,差別された当事者からの訴えに基づいて,闘いが展開された。しかし,これら3者に共通することは,民族差別の指摘をおこなったにも関わらず,隠蔽工作を行い,解決には長期に亘る期間を要したこと,またいずれも差別事件を起した時点ですでに,同和問題についての研修をおこなっていたこと。更にキリンとKNTは,保護者会が抗議した両企業団体に従来から加盟しており,天理教は部落解放同盟が指導・助言する立場にある「同和問題と取り組む宗教者連帯会議」に加盟していた。
しかし,いずれも在日コリアン問題に関する研修その他必要な取り組みは皆無に近く,キリンに至っては,交渉の席上「わが社にとって人権問題とは,イコール同和問題のことであり,在日コリアンの問題は人権問題としてカウントさえされていませんでした。」(大阪支社総務部長)と告白し,長いキリンの歴史の中で,在日コリアンの雇用が皆無であったことを認めた。
 
②啓発指導・教材購入・「コンサルタント」業務の経緯
上記3者は交渉で反省と決意を述べたものの,在日コリアン問題の啓発に関しては全く経験がなく,また行政やその他の人権に関する行政の外郭団体にも在日コリアンの啓発窓口がないため,当時原告が理事(非常勤・ボランティア)を務めていたKMJ(当時は任意団体)を相談窓口として啓発指導を行うこととなったものである。教材に関しては,「よりよき隣人として」(KMJ発行:単価700円)を基本的教材として購入することとした。
また,キリンの「コンサルタント」料とは,「研修指導料」のことである。キリンと在日コリアン人権協会との確認事項では,日本全国全ての営業所,支社で社員全員が研修を受ける(約100回)こととしたが,在日コリアン問題の啓発・研修に関わる企画,講師の選定・派遣・レジメの準備等一切の業務,並びに在日コリアンの本名での雇用推進に関わる助言・協力等を3ヵ年実施することとした。その際,必要経費の算定について話し合い,これにかかる人権費,家賃・光熱水費・通信費等事務所経費,その他交通費等を勘案し,合意したものである。
また,KMJの団体会費については,一口4万円であるが,KMJは社団法人に認可された後も,行政からの補助金はなく,多くが在日コリアン人権協会他在日コリアンのボランティアで賄われていることから,特に問題を起した上記3者等には在日コリアン人権協会から口数の増額を要請したものである。
上記教材(在日コリアン人権協会ニュースを除く)及びに研修指導に関わる費用は全額KMJの収入として計上され,啓発事業に支出されており,既述した大阪府教育委員会によるKMJの検査(2001年)においても確認されている。
被告北口がこれらの収入を「余りにも多額」と主張するのは,何を根拠としているのか全く理解できない。一冊700円の単価が高いとするならば,被告北口が役員を務めている社団法人部落解放・人権研究所の発行する「部落問題事典」は一冊3万円であるがこれはどのように評価すべきなのか理解しがたい。
更に,700円の教材を全職員に配布したことが問題なのか。となれば,被告北口にとって,在日コリアン問題の啓発は一部の者に限定されても良いほどに,軽いものであると考えるのであろうか。到底理解しがたい。
 
③被告北口の「原価意識」の麻痺
ところで,被告北口が所属する部落解放同盟大阪府連合会の各支部の事務所は,その大半が行政の建物の中にあり,その多くは賃貸契約を交わさず,家賃,光熱水費,通信費,印刷費等事務所経費は,当該行政がこれを負担し,支部の日常業務も行政職員が担っていることが多い。また,会議,集会も行政の建物を無料で使用している。被告北口は,部落解放同盟と行政がこのような関係を築いた後に,部落解放運動に参加したので,運動の先人たちが,手弁当で行った部落解放運動を体験していない。そのため,「原価意識」に乏しいのである。即ち,1冊700円の冊子を仮に一万部販売したとしても,売上の700万円が手元に残るわけではない。原稿料,取材費,印刷費,発送料,会議費(編集),事務所経費(家賃,光熱水費,通信費,備品消耗品費等),人件費等を除けば,利益は残らないのである。仮に啓発教材を自主的に作成販売して,十分な利益が残るのであれば,人権に関わる行政の外郭団体に助成金を支出する必要はなく,従って被告北口が密接な関係にある各種外郭団体は「不当」な利益を得ていることになる。
従って,被告北口の感覚からすれば,入金された700万円は,全て利益であり,自由に使える金であると誤解することから,この金額が「余りにも多額」であるかのように映るのである。要するに,被告北口の所属する部落解放同盟が人権運動の全てではなく,世間の人権運動ひいては日本の社会運動の多くが,手弁当で運動を賄っている事への想像力が,被告北口に欠けているのであり,その原因は「原価意識」の麻痺にあるのである。
 
④被告北口の自己矛盾
ちなみに,一冊700円の教材とは「よりよきリ隣人として」(KMJ発行)のことである。この冊子は1984年郵便外務職員採用の国籍条項撤廃運動が勝利した直後,近畿郵政局管内の各郵便局で民族差別事件が多発したことから,同局が全職員向けの啓発教材の作成を原告に依頼して作成されたものである。この冊子は,同局管内の全職員5万人に配布された。この件については,当時闘争を共に担った,部落解放同盟大阪府連合会の共闘担当者,同会を中心として組織された部落解放大阪府民共闘の事務局,更に全逓信労働組合の担当者と共に企画したものである。5万部という規模から考えると,被告北口の基準でいえば,前代未聞の「エセ」行為と言わざるを得なくなるのであり,被告北口においては,関わった自身の組織の点検を先ずおこなうべきとの結論になる。
 
⑤「同和偏重」の人権行政
この問題を理解するためには,行政の人権啓発に関する偏重の実態を考慮しなければならない。日本社会には,さまざまな差別があり,夫々異なる歴史性と社会性を有しているが,個々の差別の間に軽重の違いはない。しかし,行政の予算措置及び施策については,明らかに較差が存在する。これは,日本の人権に関する法律が,同和問題のみを対象に制定(同和対策特別措置法:1969年)された経緯があるからである。従って,行政が実施してきた人権啓発の大半は,同和問題であり,その後法律の名称が変わっても,その実態はほとんど変化することはなかった。そのような事情から,同和問題の啓発教材については,大阪の各自治体に無料で用意されており,希望すれば無料で配布されていた。さらに,行政が配布する無料の教材とは別に,被告北口と密接な関係にあり,行政が補助金を支出する外郭団体(部落解放・人権研究所,大阪市人権協会,大阪府人権協会他各自治体の人権協会等)が作成・販売する啓発教材が多数存在する。これら外郭団体は,経常経費(人件費・家賃等)については基本的に補助金で賄われ,かつ個別の啓発事業(研修会等)毎にも補助金が支出されている。
このような背景の違いから,同和問題の啓発教材(冊子,映画等)なら,行政の無料配布または貸し出しが可能であるが,在日コリアン問題の啓発については,原告等が自ら資金を捻出して作成・販売する以外に選択の余地がなかったのである。被告北口は,これらの状況を十分認識しているにも関わらず,「余りにも多額」との主張は理解しがたい。
 
⑥「余りにも多額」の根拠
また,毎月50万円(3ヵ年)の研修指導料の経費の内,人件費が高いのか,事務所経費が高いのか,判然としない。あるいは,研修指導料が架空のものであると考えているのであれば,被告北口において,すでにキリンに対して確認してきたのであるから,その際上記業務をKMJ以外の誰が遂行したのか,確認し,明らかにすべきである。
また,在日コリアンの啓発事業を行政が取り組まないため,当事者がボランティアで行っていることに対して,団体会費を増額して企業が,これを経済的に支援することが間違いなのか,いずれにしても「多額」の根拠が明らかにされていない以上理解しようがないのである。
ちなみに,被告北口が理事を務めている社団法人部落解放・人権研究所は,2006年度予算で大阪府,大阪市から9648万9000円もの補助金を得,かつ作成した教材は部落解放同盟が差別糾弾した企業・行政を中心に多方面に販売している。その他部落解放同盟と密接な関係にある団体も同様である。被告北口は,これら団体の事業に関しては「余りにも多額」で「エセ同和」的行為であるとは考えないのであろうか。
 

3 同書2項(3)について

①「被害」の主体について
被告北口は,在日コリアン人権協会による「エセ同和」「エセ人権」行為の被害について企業から相談を受けたかのように主張し,キリン,KNT,天理教から事実の「確認」を行ったと主張するが,具体的にどの企業・団体が,在日コリアン人権協会から「エセ同和」「エセ人権」的行為の「被害」を受けたとして被告北口に相談したのか,判然としない。すでに述べたように教材や研修指導料,会員口数については,あえて被告北口が,当該企業・団体から確認をせずとも,以前から周知の事実であり,関係者にはすでに広く公表されていることである。問題はその事実を,当該企業・団体が「被害」として認識しているか否かにある。被告北口が当該企業・団体に確認したのであるから,その際当事者たちがどのように評価していたのか,企業・団体毎に具体的に明らかにすべきである。
少なくとも,キリンの人事部は,在日コリアン人権協会会長の李相鎬に対して「北口(被告)さんが,エセ行為であると執拗に言うので困っている。」と困惑を隠さなかった。またKNTに関しても,親会社である近畿日本鉄道の人事部とともに在日コリアン人権協会を来訪した際に「北口(被告)さんから,在日コリアン人権協会とつきあうことが差別になるとまで言われた。北口さんは部落解放同盟大阪府連合会の書記長だから,逆らえない。」と言っていた。天理教の人権担者は原告に対して「KMJの会費や教材の購入以外に,徐(原告)の個人口座に金を振り込んでいるはずだ,と言われた。さすがにそこまで言われると,私も頭にきた。」と苦言を呈していた。
少なくとも,原告が当該企業・団体から得た情報は以上のとおりである。仮に被告北口において,異なる情報を得ているのであれば,それを明らかにすべきである。でなければ,「被害」は被告北口の想像の域を出ないものと判断せざるを得ないのである。
 
②「確認」は双方からの事実確認が前提
被告北口は,原告及び在日コリアン人権協会の「エセ人権」的行為の根拠として,当該企業・団体との「確認」を上げている。しかし,「確認」とは双方からの調査が前提である。被告北口が所属する部落解放同盟は,差別事件を糾弾する前に「事実確認会」を開催し,双方から事情聴取を行い,さまざまな角度からの検討を行った上で,客観的に一致した事実のみを「確認」したものと見做し,そこに差別性が存在した場合,糾弾を行う。それは,永年の部落解放運動の教訓として,事象を主観的に判断した結果,事実と異なる認識の下に,糾弾を行うこともあり得るからであり,時として,そのことが「エセ同和行為」を生じさせるからである。
ところが,被告北口は,原告及び在日コリアン人権協会から事情を聴取したことはなく,原告からの話し合いの申し出さえも拒否してきたのである。このような一方的な「確認」方法は,社会通念上,さらには部落解放運動の原則に照らしても,全く無効というべきである。被告北口は「その発言内容は事実に基づくものであり,違法性がないこと(ママ)明らかである。」(準備書面〔5〕1項)と主張するが,何を根拠に「事実」であると主張するのか全く不明である。
 

4 同書3項について

①「エセ」の基準について。
「エセ行為」とは「エセ同和行為」の略であり,「エセ同和」とも言う。これは世間一般に広く認識されている用語である。しかし,「エセ人権」と言う用語は,一般的に使用されておらず,被告北口の造語と思慮される。
「エセ同和行為」とは,一般的に活動の実態がないにも関わらず,あたかも同和問題解決を目的にしているかのような団体を標榜し,企業や行政に対して寄付や図書の購入を要求し,しかる後に得た金銭を,同問題解決に支出することなく,個人の収入に当てる行為を言う。
 
②運動の世界の「エセ同和行為」について
他方,活動の実態が存在する場合の「エセ同和行為」もある。その形態は次の2点に集約される。第1に,差別事件ではないにも関わらず差別だと決め付けながら,他方で糾弾を控えるか,あるいは手心を加えることを交換条件に,金銭を要求すること。第2に,差別であるにも関わらず,差別をなかったことにするか,あるいは糾弾に手心を加えることと引き換えに,金銭を要求することである。いずれにしても,広義の意味では,糾弾闘争の相手との間に経済的利害を介在させることによって,差別からの解放という運動の目的達成を阻害することが運動における「エセ同和行為」である。
 
③「エセ同和行為」の背景
「エセ同和行為」が発生する背景には,次の2点が上げられる。まず,同和地区住民に対する「怖い」という差別・偏見意識である。次いで部落解解放運動に対する「何をされるかわからない」と言う誤解・偏見である。同和問題の場合,他の被差別者の運動と比較して社会的影響力が格段に大きいことと,「同和対策審議会答申」(1964年)に謳われている「国民的課題」という文言が,企業や行政に要求を迫る際,有効に作用することも「エセ同和行為」の材料に利用される。
しかし,在日コリアンを始めとする他の被差別者の問題を標榜した「エセ行為」はほとんど例がない。「エセ行為」の背景となる上記条件が備わっていないからである。とりわけ既述したように在日コリアン問題に関しては,法律さえ整備されていないため,国の答申や法律をかざして要求することもできない。従って,一般的に「エセ人権行為」なる用語も存在しないのである。被告北口がこの用語を造語したのは,原告や在日コリアン人権協会を「エセ行為」として中傷することが目的であったと思われるが,上記基準や社会的背景からも,原告や在日コリアン人権協会が「エセ行為」であるとの批判が,当を得ていないことは明らかである。
 
④「エセ行為」排除のための企業との「確認書」
原告は企業に対する差別糾弾闘争を開始した直後から,部落解放運動における「エセ行為」を対岸の火事とせず,自身の運動でも起こり得ることを懸念し,その対策を講じてきた。被告北口が提出した確認書(乙第6号証の1)がそれである。在日コリアン人権協会は,企業に対する糾弾闘争の終結にあたっては,必ず確認書を交わしてきた。これは,過去に糾弾した企業が,在日コリアン問題の啓発や雇用促進の約束を反故にしてきた教訓もあるが,より重要なことは「エセ行為」を未然に防止することにあった。即ち上記確認書と,さらに確認書に基づく実施計画(乙6号証の2)を交わせば,差別事件を知った第3者が「エセ行為」を目的に当該企業に対して金銭的要求を迫ったとしても,企業は上記確認書を盾に説明し,これを排除することが可能になるからである。事実これまで,在日コリアン人権協会が糾弾した企業から「エセ行為」に関わる被害の報告を受けたことはない。唯一被告北口が中心となって設立した「NPO法人:多民族共生人権教育センター」に加入するよう被告北口が積極的に勧誘したのみである。
確認書をかわすことは,啓発や雇用促進等の事業窓口を明確にすることを意味し,「エセ行為」が付け入る機会を排除することにある。部落解放同盟の場合,在日コリアン人権協会のように,詳細な確認書・実施計画書をかわしていない為,末端の組織や個人が個別に企業に対してさまざまな要求を行い,時には「エセ同和行為」が生じることもある。
要するに,被告北口が提出した上記確認書(乙第6号証)は原告の「エセ行為」を証明するものではなく,逆に原告が部落解放同盟の教訓から学んだ結果,「エセ行為」を排除するために尽力を尽くしてきた事実を証明するものである。
 
⑤闘争による獲得こそが運動の自立を担保する
在日コリアン人権協会は,企業や行政の差別事件との闘いの中で,相手側から幾度となく,金銭による解決を打診された。特に大阪市の場合は,その最たるものであった。しかし,在日コリアン人権協会は,これら提案を全て断ってきた。一度でもそのような提案を受諾すれば,企業や行政の担当者のネットワークの中で情報が拡散し,在日コリアン人権協会が,金銭で差別事件を解決するとの評価が定まることによって,在日コリアン人権協会を脅威と感じなくなるからである。日本生命による民族差別事件の際に,被告北口から,差別事件をもみ消すことの引き換えとして,在日コリアン人権協会に対する日本生命からの支援をとりつけると提案されたときに,これを一蹴したのもその一例である。しかし,皮肉にも,被告北口による「エセ人権行為」を拒否した結果,同被告から「エセ人権行為」との中傷を受けることとなったのである。
ところで,在日コリアン人権協会が差別事件を起した企業と闘い,結果として啓発事業等を獲得してきたのは,あくまでも闘いの自立を担保するためである。即ち,闘わずに経済的対価を受領すれば「もらう」こととなり,立場が逆転することから,自由で自立した闘いができなくなるからである。
また,行政の補助金は一旦予算化されると,闘わずとも毎年継続されるため,依存体質が生じる。そのため,運動が堕落する危険性が生まれるのである。行政や企業に依存することなく,闘いによって成果を獲得することこそが,運動を活性化する唯一の道なのである。
 
⑥運動のための財源確保について
被告北口は原告及び在日コリアン人権協会が,「差別事件」を起した企業に,啓発教材を購入させ,研修指導料を支出させることが,「運動の観点」から「行きすぎた行為」であると主張する。
しかし,原告はこれらの行為が問題であるとは考えていない。原告は多くの企業の差別事件と闘ってきたが,在日コリアン人権協会がこれら企業から金銭を徴収したことはない。それは,徴収することに問題があると認識していたからではなく,今日の日本社会では,差別糾弾した運動体が,糾弾された側から直接金銭を徴収することに対するアレルギーが強いからである。本来なら,在日コリアン人権協会が,企業から寄付金を受領しても何ら問題はなく,むしろ当然のことと考えている。
そもそも企業や行政が差別をするから,差別糾弾闘争を展開せざるを得ないのであるから,その責任は全て当該企業や行政にあるのは自明の理である。従って,当該差別によって被害を受けた個人または団体が,差別した側から損害補償を得るのは当然の権利であると考える。さらに,差別撤廃運動に,企業が社会的貢献の一環として,寄付金を支出することにも,何ら問題はないと考える。但し,得られた金銭は,組織的に管理運営されなければならないことは言うまでもないことである。少なくとも,差別され被害を受けた当事者が,これら経費を負担しなければならないという根拠は全く存在しない。
しかし,人権の世界では,経済的対価を要求することが問題であるかのような風潮が存在するのは,水平社時代(部落解放同盟の前身)から「解決主義」即ち,金で差別事件をもみ消すといった事件が多数発生し,これに対して世論が反発してきたからである。つまり,これらの風潮は,在日コリアンの問題ではなく,同和問題から発生したものなのである。この反発が人権問題一般にまで及んでいることから,やむなく多くの人権運動体が直接企業や行政から金銭を受領せず,関連の団体を通じて事業を行わせるという,迂回方法を選択せざるを得ないのである。いわゆる人権運動の不透明性の根幹はここに原因がある。つまり見えにくい形で金が動くため,そこに不正や誤解が発生する土壌が生じるのである。
被告北口の所属する部落解放同盟は,既述したように,行政の補助金で運動経費の大半を賄っていたが,最近の大阪市の同和事業見直しにみられるように,再度原点に返って,手弁当による運動の立て直しを図る必要性に迫られていると考える。行政の補助金が打ち切られた段階で,初めて原告の主張が被告北口にも理解されるものと考える。
 
⑦企業啓発の初期段階と圧力
被告北口は,原告等在日コリアン人権協会が,差別した企業に圧力をかけて啓発教材を購入させることが問題であるかのような主張を行っている。しかし,原告は永年の闘いの経験から,運動体が圧力をかけて啓発を実施させることは,必然的行為であると考える。差別した企業に対して,いかに長い間時間をかけて話し合いを行い,説得をしても直接の担当者は,確かに啓発とそのための経費支出が真に必要であると理解しても,その他の会社関係者が全て理解するのは,時間的にも,物理的にも不可能である。企業の目的が「利潤の追求」にある以上,その目的を阻害することに対しては強い抵抗を示す。確かに,人権啓発が企業の利益や存続にとって必要不可欠な事業ではあるが,そのことを理解するためには,結局人権啓発を経験するしかないのである。
従って,差別した企業には,差別された当事者の怒りを訴え,相手に対して圧力と感じられるほどに,力をこめて強力に迫る以外に最初の啓発を実現することは不可能である。故にこそ,差別に対しては「闘う」以外に解決の道はないのである。
 
⑧組織介入という運動原則の逸脱
上記のように被告北口の主張に対する反論を逐次述べてきた。これら被告北口の誤りを「運動的観点」から一言で総括するならば,「組織介入」と言う運動原則の逸脱にある。
在日コリアンの問題は被告北口にとっては,全く別の世界の問題である。差別という一言で括るには余りにも,その歴史性や社会性が違いすぎるのである。にもかかわらず,被告北口は,全くと言うほどに学習も経験もない在日コリアン問題の,しかも個々の啓発事業のありかたや運動の資金のことまで言及し,その誤った見解を広く企業や行政,さらには運動体にまで拡散したことに,問題の根幹が存在する。
そこまでしても,組織介入を行ったのは,「日本生命事件」のもみ消しを断られたことへの個人的恨みから,被告北口が,在日コリアン人権協会の社会的影響力をなきものとすることを目的にしたからであり「公益を図ることを目的」にしたものでないことは,明らかである。
被告北口は,2000年から,在日コリアン人権協会に対する中傷文書を配布し,企業や行政に圧力をかけて,在日コリアン人権協会との関係を断ち切らせようとした。さらには,在日コリアン人権協会から事実上排除された当事者を抱え込み,自宅まで被告北口の近所(大阪市旭区生江)に転居させ,在日コリアン人権協会やKMJに対抗する組織を同地区内の被告北口が管理的立場にある大阪市の福祉施設内に設置させたのである。被告北口が中心となって設立した「NPO法人:多民族共生人権教育センター」及び「大阪市民闘連」の設立の実質的な名目は,在日コリアン人権協会と当時在日コリアン人権協会が支援していたKMJが「不正」を行ったため,新たな団体が必要となったという一点のみである。「不正」が架空のものとなれば,組織の存在意義が失われることになる。
従って,被告北口にとって,原告及び在日コリアン人権協会の「不正」は根拠の有無に係わらず,主張し続けざるを得ないのである。しかし,これ以上の無理な主張は,却って被告北口が所属する部落解放同盟の名誉を傷つけるのみである。
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ツールボックス